【随想】

顔認証ゲートにて


 11月初めに台湾へ小旅行をした際、羽田空港の出国ゲートで初めて顔認証システムを経験しました。無人の機械の鏡の前に立ち、パスポートを読み取り部分に伏せて、あっという間に出国審査完了。9年前にフルメークをして撮った50代前半の私の写真とノーメークの今の私の顔は、問題なく「同一人物」と認証されました。顔認証の技術については、激しい競争の中、日本企業が先頭を走っているようで、羽田のゲートも嬉しいことに日本の製品でした。今や静止画だけでなく、動画においてもかなりの精度で実行可能となっており、これらを可能にしているのがディープラーニング、AIとのことです。

 日々新しいIT技術が実用化され、私たちの生活に変化をもたらしていることを実感する昨今。そしてその技術の多くが、過去に経験した様々な事実を蓄積し、同一性や相違点を素早く認識したりしながら学んで判断精度を上げ、きわめて個別化されたニーズに対応することを可能にしているように思えます。そうであれば、ITは職場のダイバーシティの課題を解くカギにもなるのではないか…飛行機のシートに身を沈めながらそう思いました。

 振り返れば1980年代に日本で男女雇用機会均等法が生まれようとしたとき、その人事管理への負の影響を懸念した一部の学者や経営者の方々が唱えたのが、「統計的差別」の議論でした。企業が応募者や昇進候補者について時間やコストを節約して最適な選別をするには、統計データにより大数観察した結果を用いるのが合理的。例えば個々の応募者がどれだけ長くその企業で勤務しそうかについて、応募書類や面接から正確に予想することは不可能。だから「過去の女性社員の勤続年数は平均4年、男性は13年だった」といった統計的な代表値をもとに男性を選好するのは、たとえそれが差別に見えたとしても非難さ れるべきではなく、合理的な判断だといわれたのです。

 このような議論が、当時募集・採用や配置・昇進の男女均等取扱いについて根強い反対のサポートとなり、均等法施行の際多くの企業で「総合職」「一般職」といったコース別雇用管理を導入する原因にもなったと私は思っています。

 しかしながら、均等法施行後32年余りが経過し、採用後の女性労働者がどのように能力を発揮してきたかを、採用時の成績、採用後の勤務状況、仕事内容、育児などでの仕事中断期間等と紐づけて分析することがデータ量的にも、技術的にも不可能でなくなったと思います。男性についても同じことが言えます。であれば、コース別管理といったある種集団的な人事管理ではなく、個別の人事管理を徹底し、子どもを持ったり、介護を抱えたり、病気治療をしたり様々な事情の下で多様な経験を積んでいる個々の労働者について、蓄積データの分析により、管理職の選定や最適な人材配置をしていくこともできそうな気がします。個別事情の異なる人々を公正に処遇するのがダイバーシティであるならば、これをIT技術によって実現する日が案外近いかもしれません。

(21世紀職業財団会長 伊岐典子、機関誌「ダイバーシティ21」2018年冬号より)

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