【随想】
笑顔の力

講演のための資料作りなど、家で仕事をすることも多い昨今ですが、ついつい興が乗るとパワーポイントづくりが深夜にまで及ぶことがあります。先日も暑い夜に作業をして、さて一段落しようかと女子ゴルフのテレビ中継に目を移したところ、フェアウェイの上を屈託なく笑いながら歩く若い女性ゴルファーの姿が飛び込んできました。そう、42年ぶりの日本人メジャー優勝で話題を呼んだ渋野日向子選手です。
偶然、リアルタイムで見た全英女子オープンでの最終ホールは、素晴らしいティーショットの後にも、第二打を打ってグリーンに向かう際にも、彼女のこぼれんばかりの笑顔がありました。バーディーを取れば優勝という局面で、普通なら極度に緊張して顔がこわばるような瞬間にも笑顔でいられる彼女の精神力に驚嘆したものですが、優勝後のインタビュー等で、渋野選手がプレー中も笑顔でいるように意識されていることを知りました。意識してもなかなかできることではないと思いますが、このようなメンタルコントロール力によって英国のギャラリーをも魅了した彼女の笑顔は、国際試合初出場で優勝をさらった実力とともに、国際社会での日本女性の今後の活躍を暗示するようで、久々に心地よい興奮と喜びを味わいました。
もちろん女性に限らず、笑顔が力を与えてくれる局面は、スポーツだけでなく、営業その他の仕事の場面でも、職場の人間関係という面でも多々あるのはご承知のとおりです。
一方、世の中には、いわゆる「笑顔のうつ病」(smilingdepression)というものがあるそうで、始終悲しみを感じたり、睡眠や食欲が減退したり、絶望や疲れを感じたりといったうつ病の症状が出ていても、「自分は病気ではない」とつらいことを心に押し隠して笑顔を浮かべている人もいるとのことです。職場のハラスメントによってメンタル面での不調をきたしても、仕事を失いたくない、人間関係をさらに悪化させたくない、評価を下げたくないといった気持ちから、誰にも相談せず自分だけで抱えてしまう人もまだまだいるのではないでしょうか?
厚生労働省の調査によれば、平成30年度の精神障害による労災支給決定件数のうち、嫌がらせ、いじめ、暴行を受けた(いわゆるパワーハラスメント)ことを原因とするものが69件、セクシュアルハラスメントを原因とするものが33件に及んでおり、これらのうち自殺に至ったものも7件あります。そうなってしまう前の経営者・管理者の努力や適切な相談が不可欠であることは言うまでもなく、先般国会で成立したパワーハラスメントについての措置義務の法制化もあり、企業における一層の体制整備が求められるところです。
働く方には笑顔を力にしていただくとともに、経営管理者の方々には笑顔を過信しないようにしていただき、真に働きやすい職場を作っていきたいものです。
(21世紀職業財団会長 伊岐典子、機関誌「ダイバーシティ21」2019年秋号より)