【随想】

プロジェクト・アリストテレス


 あなたの働く職場には、「思ったことが自由に言える」風土がありますか? この問いは、当財団が本年男女4,500名を対象に実施したダイバーシティ推進状況調査の設問の一つです。結果はどうだったかというと、「当てはまる」「まあ当てはまる」と肯定的に答えたのは非管理職正社員の男性の3割、女性の4割にとどまり、日本でこのような風土の醸成は不十分のようです。

 「思ったことが自由に言える」かどうかは、近年「心理的安全性」(Psychological Safety)と表現されていますが、この心理的安全性は、職場で仕事を進めるチームが成果を上げるために非常に重要な要素なのです。このことはGoogleが実施した社内調査、プロジェクト・アリストテレスで2015年に突き止められました。自分が質問をしたり、新しいアイデアを披露したりした場合に、このチームならだれも自分を馬鹿にしたり罰したりしないと信じられれば、チーム内での自由な発言が実現し、そのチームの高い成果に結びつくというわけです。 。

 「心理的安全性」は20年以上前にハーバード大学のエドモンドソン教授が組織論で初めて用いた言葉とのことですが、プロジェクト・アリストテレスで一躍注目を浴びました。今年度上期に評判を呼んだテレビドラマ『私の家政夫ナギサさん』でも、製薬会社でチームリーダーを務める主人公の女性と1対1ミーティングをして心理的安全性を実感した若手チームメンバーが、大いに意欲を喚起され新しいプロジェクトにチャレンジする姿が描かれました。日本でもこの概念についての理解が広まってきていると感じます。

 ところで、このプロジェクトの名称は、ギリシャの哲人アリストテレスの言葉「全体は部分の総和に勝る」にちなんでいるとのこと。世界に名だたるICT企業であるGoogleが、その調査の前提として「従業員は単独で働くよりもチームで働いたほうが大きな成果を上げられる」と考えていることは、とても興味深く思います。調査結果では、心理的安全性の高いチームのメンバーは、Googleからの離職率が低く、他のチームメンバーが発案した多様なアイデアをうまく利用することができ、収益性が高く、「効果的に働く」とマネージャーから評価される機会が2倍多い、という特徴があったとのことです。

 それにしても、プロジェクト・アリストテレスでは、社内のチームに性別を含め十分な多様性があることが当然の前提になっているようです。心理的安全性以前の問題として、ダイバーシティのレベルで日本が大いに後れを取っていることは大変残念です。

 結局、日本企業が職場のダイバーシティの強力な推進と心理的安全性の向上を同時並行で進め、多様な人財が多様な視点や価値観に基づく発言を自由に行うようにしていくことが、日本経済の今後の成長・発展のために必須ということになります。なかなか高いハードルですが、前に進むしかありません。

(21世紀職業財団会長 伊岐典子、機関誌「ダイバーシティ21」2020年秋号より)

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