【随想】

CEOへの手紙


 「ブラックロックからの手紙では」……様々な機会にお目にかかる企業トップの方々から、最近お聞きすることが多くなった言い回しです。このブラックロックは、運用資産残高8兆ドルを超えるグローバルな投資会社ですが、毎年年初に、会長であるラリー・フィンク氏から投資先である各国企業のCEOあてに書簡を送ることで有名です。報道によれば、2018年に書簡を受け取った企業のうち約450が日本の企業だったとのことであり(2018年2月28日付日本経済新聞電子版)、かなりの数の大企業がこの書簡を受け取っていることは間違いありません。

 では、この書簡の内容はというと、その時々のグローバルな社会経済課題を踏まえ、投資先企業にESG(環境、社会、ガバナンス)等の観点から望ましい戦略、事業活動を強く促すものとなっています。そしてこの中で、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)についても折に触れメッセージを出しています。

 例えば、2018年1月の書簡では、性別、職務経験、考え方などの観点での取締役会の多様性が重要であると強調しています。多様性に富む人により構成されている取締役会は、集団的に一つの思考に偏ったり、環境変化に由来するビジネスモデルへの新たな脅威の兆候を見逃したりすることを避け、長期的な成長の促進につながる機会をより的確に見出すことができると指摘しました。奇しくも、日本のコーポレートガバナンスコードに取締役会のダイバーシティについての記述が追加されたのは、この年のことでした。

 そして、本年1月のブラックロックの書簡は、気候変動問題に多くの分量を割く一方で、D&Iについても数パラグラフを割いて言及しています。「世界中の企業は可能な限り、あらゆる才能を最大限に活かすような人材戦略をとるべき」としたうえで、サステナビリティ報告書等を発行する際には、多様性、公平性、包摂性の改善に向けた長期的な人材戦略について「網羅的に」情報開示するよう求めたのです。

 さて、日本では、オリンピック・パラリンピック組織委員会の前会長の不適切発言とそれに引き続く一連の出来事を契機に、女性活躍をはじめとしたD&Iに改めて注目が集まりました。D&Iがいかにグローバルに重要な価値を持っているか、日本の水準がいかに遅れているか、多くの人が実感するようになったと思います。企業のガバナンスや人事管理においても、この機会にぜひ、無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)を解消し、D&Iの実現にドライブをかける必要があります。

 なかでも、女性活躍の現状や今後の改善の行程に透明性を持たせるためのきめ細かな「情報開示」は、投資家への視点はもちろん、組織の健全な運営に向けてトップの認識や行動の変容を促すという観点からも、最重要の課題です。ブラックロックの手紙に応えて、積極的な取り組みが広がることを強く期待したいと思います。

(21世紀職業財団会長 伊岐典子、機関誌「ダイバーシティ21」2021年春号より)

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