【随想】

職業キャリアと改姓


 社会人になってから、これまで2回改姓を経験しています。労働省に就職後2年目に結婚した時は、改姓そのものへの疑問や躊躇はありつつも、法律婚をする限り他の選択肢はありませんでした。その後40代半ばで離婚し、その後の人生を旧姓で生きていこうという決意で改姓した際は、19年間配偶者の姓で仕事をしてきた積み重ねの大きさに愕然としました。2度の国内転勤も、管理職への昇進も全て現在とは異なる姓の時でした。その間自分が努力して培った企業や地方公共団体、アカデミアなど外部の方々との関係性を旧姓に戻っても維持できるよう、最大限の努力をしましたが、それは離婚という個人事情も開示することにつながりました。結婚の際、姓を変えないで済む制度があれば、せめて旧姓の通称使用が認められていれば、という思いは今でも胸に残っています。

 今世紀に入った2001年、ようやく国家公務員については職場での呼称、人事異動通知書等の8項目で、職員の申し出があった場合に旧姓の記載が可能となり、2017年には、法令上実務上特段の支障がない限り、対外的文書なども含め広く旧姓使用が認められることとなりました。地方公務員についても同様の取り扱いが推進されています。ちなみに当財団でも旧姓使用を可能にしています。また、現在ではパスポート、マイナンバーカード、運転免許証なども、戸籍上の姓に加え旧姓併記が認められるようになっています。

 これらのことは、結婚の際、積極的か否かはともかく夫の姓を称することを選択している一方で、仕事上の関係性の継続や、自己のアイデンティティといった観点から旧姓使用を望む女性が増加している現実に、制度がやっとついてきたのだと思います。

 とはいえ、民間企業における旧姓使用の浸透はまだまだ不十分です。2016年に行われた内閣府の委託調査によれば、旧姓使用を認める企業は、条件付きも含め規模計で49%と半数に満たず、1,000人以上規模でも75%でした。給与、税金、健保などの手続きで二重の管理となる企業の負担も一因のようです。

 根本的な解決のためには、民法第750条の夫婦同姓の原則を修正し、選択的夫婦別姓制度の確立が必要であるとの声も大きくなってきています。それでも2015年、民法に選択的夫婦別姓制度を整備しない立法不作為による国家賠償請求事件として争われた事案について、最高裁判所の合憲判決が出され、本年6月、別の事案について再度最高裁で合憲判断が示されるなど、司法は違憲判断を示すに至っていません。

 しかし、上記のいずれの裁判でも近年の社会状況変化に言及し、制度の在り方は立法政策として判断するべきものとしており、国会にボールは投げられたとする識者の見解も目にします。21世紀にふさわしい、個人のアイデンティティやキャリアを尊重する仕組みとして、民法の制度改正の論議が早急に進められること、同時に通称での旧姓使用がさらに広まることを願うものです。

(21世紀職業財団会長 伊岐典子、機関誌「ダイバーシティ21」2021年秋号より)

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