情報誌「ダイバーシティ21」2021年春号(VOL.48)(2022/3/25発行)

【均等法&財団設立35周年記念インタビュー】

 21世紀職業財団は男女雇用機会均等法施行年の1986年に発足し、お陰様で設立35周年を迎えました。
 均等法施行前後に入社し、キャリアを歩まれた“パイオニア”世代の女性たちからのメッセージを4回シリーズでお届けします。

 

<第4回(最終回)>森岡典子さん
    株式会社IHI 執行役員
    戦略技術統括本部副本部長、戦略技術プロジェクト部長

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※所属・役職はインタビュー当時のもの(聞き手:座間美都子(21世紀職業財団 事業推進部長))

「女性技術者採用の1期生として入社しましたが、リベラルな職場環境でした」

――森岡さんは技術職としてIHIに入社されたとのことですね。就職に当たっての当時の状況などについてお伺いします。

森岡さん:男女雇用機会均等法(以下、均等法)施行の翌年、1987年に入社しました。当社では、私が入社した年に初めて女性技術者の定期採用が始まりましたので、いわゆる1期生です。

 私自身は、工学部で制御工学を学びました。昔から飛行機が好きだったこともあって、就職先を決めるときにも飛行機に関する仕事がしたいと思いました。そうなると飛行機をつくる重工業の会社が一番先に思い浮かんで、いくつかの会社にアプローチをしました。ですが、当時は女性というだけで「採っていません」と言われるような時代でした。そんな中でも入社を受け入れてくれたのがIHIでした。

――初めての女性技術職ということで、職場のみなさんの様子はいかがでしたか。

森岡さん:当時はやはり珍しい存在だったので、おそらくまわりが気を遣うところはたくさんあったと思います。ただ、基本的には男性と同じで、仕事の上で差別されたとか、女性だからということを私自身はそれほど感じたことはありませんでした。そういう意味では、少なくとも自分が働いていた部署は当時からとてもリベラルな環境だったのではないかなと思っています。

「新しいチャレンジを通していろいろな世界を知ることができ、自分の殻を破る大きなステップアップに」

――働く上で大きな壁を感じたこと等はありましたでしょうか。

森岡さん:入社して3年目ぐらいが一番悩んだと思います。よく3年目の壁と言いますが、私も3年目ぐらいにまわりが見えてきて、自分はこのままでいいのだろうか、この道で正しいのだろうかと悩む時期がありました。ですが、そういう気持ちになっていたときに、新しいテーマに取り組むチャンスに恵まれたりして、仕事を辞めたいと思ったことはないですね。山、谷、いろいろありながら、また次のステージに進むということを繰り返してきました。

――山、谷を越えながらキャリアアップされて、その中でご自身が成長を感じられたようなご経験などがありましたら、お聞かせください。

森岡さん:私は入社してからずっと航空の分野で、ジェットエンジンを開発する仕事に携わっていたのですが、入社7年目の頃に、新しい民間航空機用エンジンの国際共同開発プロジェクトが立ち上がり、そのプロジェクトに参画させてもらえることになりました。社内で通常の仕事をする中でも日々得られる経験はありますが、このような大きなプロジェクトが立ち上がるのもタイミングがあるので、参画できる機会はしょっちゅうあることではありません。海外に出張して、現地のメーカーの人たちとやりとりしながら設計開発を進めていくという今までにない経験はすごく刺激的で、たくさん学ぶこともありました。いろいろな世界を知ることができ、新しいチャレンジとして、今までの自分の殻を破る大きなステップアップにつながったと思います。

 プロジェクトではアメリカのエンジンメーカーで開催された設計レビュー会にも多数参加したのですが、そのエンジンメーカーでエキスパートとして活躍するベテランエンジニアがずらりと並んでいる中で、自分たちの技術を説明するのです。自分たちの検討した技術や設計を理論立てて説明して、オーケーをもらうというのはすごく大変なことで、本当に苦労しました。「ここは検討したのか」、「ここはちゃんと考えたのか」と、厳しい突っ込みがたくさんあったりするのですが、それに一生懸命答えたり、答えては半ば呆れられたり、さらに突っ込まれたり……。でも、ベテランのとてもこわいチーフエンジニアが、最後には「一緒に仕事できて楽しかった」と言ってくれたのです。その経験は忘れられないですね。そういう経験を重ねながら、場数を踏むことができました。

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