【随想】

記録と気づき


 かつて、レコーディングダイエットというダイエット法が注目されたことがあります。摂取カロリーを減らすなどの他のダイエット法とは異なり、やるべきことはたった2つ、口に入れた「食べ物・飲み物」を食べた時間・量とともに毎日正確に記録することと、毎日体重を量ることだけというのがユニークでした。こんなことで痩せるのかなと思いきや、当時の同僚が実際に5キロ近く減量したのには驚きました。

 減量を成功させた本人によれば、食事と体重の記録をこまめに続けていくと、自分ではまったく無意識だった「自分を太らせている行動」、例えば夜遅い時間に糖質の多い食べ物をとっていることが多い、といった事実に気づくことができたといいます。これらの気づきがあると、自分を太らせている行動を自分の意思で排除できるようになるというのです。結局このレコーディングダイエット法は、データの記録を通じて「本当の気づき」が起こらなければ、行動は変わらないという認識に基づいているようです。

 データの記録が気づきを生み出すという経験は、女性活躍推進の場面でも多々あると思います。女性活躍推進法でも、企業が一般事業主行動計画を策定する際に行うべきことの第一ステップとして、自社の女性の活躍に関する状況把握が求められ、男女の平均勤続年数の差異、各月ごとの平均残業時間数等の労働時間の状況、管理職に占める女性の割合等のデータは必ず把握するべき項目になっています。これらの分析を踏まえて課題を抽出することが気づきになります。女性活躍推進法ではさらに情報公表も義務づけられており、既に多くの企業が自社の採用ウェブサイトや、厚生労働省が設けた女性の活躍推進企業データベースのウェブサイト上で自社の女性活躍に関する様々なデータを開示しています。しかし、これらの開示情報の中に男女の賃金格差が含まれている例はこれまであまりなかったと思います。そもそも男女の賃金格差のデータを把握・分析している企業もそれほど多くないと思われます。

 このような中、官邸で開かれてきた「新しい資本主義実現会議」での議論を踏まえて6月7日に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では、男女の賃金の差異について女性活躍推進法において開示の義務化を行うこととされました。上場企業が作成する有価証券報告書においても、この男女賃金格差を開示項目とするとのことです。開示が義務化されるのは、全労働者の賃金の男女比及びこれを正規雇用・非正規雇用に分けた男女比とのことですが、これだけでなく雇用管理区分ごとの男女比の開示も可能です。重要なのは、これらの開示に向けたデータの把握をきっかけに、企業が自社の男女賃金格差の要因について分析することにより、女性の活躍を阻害する原因への新たな気づきが生まれる可能性があるということです。今回の義務の対象は301人以上の企業や上場企業ですが、課題の気づきや根本解決に役立つ多角的なデータの把握・記録そして開示が、多くの企業で当たり前になっていくことを期待したいと思います。

(21世紀職業財団会長 伊岐典子、機関誌「ダイバーシティ21」2022年夏号より)

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