【随想】

大離職時代


 今、「大離職時代」が到来しているといわれています。一瞬ぎょっとしますが、日本ではなく米国の話です。“the Great Resignation” と呼ばれるそれは、自己都合退職者の雇用労働者に占める割合が、今世紀最高水準となっているここ1年程の状況を指しているとのことです。米国では、コロナ禍を経て経済が活況を取り戻し、労働力需要が高まって賃金が高騰しました。よりよい労働条件を求めた転職が増えたことに加え、デジタル化など急速な産業構造の変化が、必要な専門人材の奪い合いを招いているという面もあるのでしょう。

 一方、この大離職時代には別の要素もあるとの指摘があります。コロナ禍で自分の人生やキャリアについて見つめなおす機会を得た人達が、現在の自分の勤務先は本当に自分を成長させてくれるのか、今の仕事が真に自分のやりたいことなのか、今のワーク・ライフ・バランスに満足しているのかといったことをより深く考えるようになり、給与の高さだけでなく自分のキャリア観や人生設計にフィットした職場を探す行動につながったといいます。それが、人の流動性を高めているというのです。

 日本では、このような大離職時代の兆候はまだデータの上で確認できませんし、政府が躍起になって働きかけをしているにもかかわらず、賃金上昇のペースは緩やかです。しかし、様々な報道を見ると、コロナ禍をきっかけに、子育て期の女性に限らず男女幅広い層で在宅勤務への選好が高まるなど、就業意識の変化、多様化が進んできている印象です。

 これまでの女性活躍支援施策においては、雇用の継続すなわち育児等で仕事を辞めないようにすることが重要な柱のひとつとされてきました。それは、長期継続雇用を前提とした雇用管理システムの中で、いったん離職するとその後の正社員としての就職が極めて不利であるという日本の労働市場の特性を前提にしていたわけです。しかし、最近は多くの企業で中途採用の機会が質量ともに充実してきており、いわゆるジョブ型雇用へのシフトを志向する企業も少なくない状況です。働く環境についても、働き方改革や在宅勤務の急速な広がりなどの変化があり、雇用管理状況を含めた様々な情報開示も女性活躍推進法等に基づき進んでいます。仕事でしっかり経験を積み、スキルを得た人であれば、男女関係なく、自分を伸ばしてくれる企業を見つけて転職先として選択できる可能性が高くなったといえます。育児期における、企業内の継続就業策は依然として重要ですが、他の選択肢も考えられるようになってきたのです。

 企業側も、「選ばれる」企業になるために、社員の性別にかかわらず成長への期待をもって育成し、それぞれの事情に合った多様な働き方を支援する姿勢がますます問われてくるといえるでしょう。働く側にとっても、自律的に自らのキャリアを構築する意識を高め、変化していく社会で通用するスキル、経験などを早い段階から積極的に蓄積することが、選択権を得るための条件になっていくものと思います。

(21世紀職業財団会長 伊岐典子、機関誌「ダイバーシティ21」2022年秋号より)

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