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日本のD&I これまでとこれから ―講演抄録―

【基調講演】D&Iを加速するために~未来を切り開くD&I経営~(1/2)

柄澤 康喜 氏
一般社団法人 日本経済団体連合会
審議員会副議長、ダイバーシティ推進委員長
MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社
取締役会長
◤イノベーションの創出には様々な知の融合が必要 ◤

 ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)は経営戦略の大きな柱のひとつとなっています。産業革命以降、人は経済成長をひとつの豊かさの目標として発展してきました。金銭的、物質的な豊かさや便利さを追求した一方で、私たちを取り巻く環境は、気候変動、格差拡大による社会の活力低下、技術革新とそれに伴うリスクの増大、そして少子高齢化、財政再建等の構造的課題も加わり、年々深刻さを増している状況です。更に、新型コロナウイルス感染症の拡大が世界経済に与えた影響は計り知れず、私たちがこれまでに経験したことのない想定外の事象が起こりうる不透明な時代に直面しています。これまでの常識や価値観にとらわれていたら、これを乗り越えることはできません。このように多様化する社会課題を解決するためには新たなアイデアを生み出し、イノベーションを起こしていくことが必要です。

 イノベーションの父と呼ばれる経済学者シュンペーターは、「イノベーションとは既存の知と既存の知を新たに結合することから生まれる」と述べています。同質の集団は同一の方向に向けての推進力は強まりますが、新しい発想は生まれにくくなります。逆に、様々な考えや価値観を持つ人が集まり、本気で議論すると組織の中で主観的な暗黙知に代わって客観的な形式知が必然となり、コミュニケーションの精度が上がり、知の融合が起こります。様々な知を融合することができれば、今までにない新しいアイデアや考えが生まれ、イノベーションが創出されるようになります。

 新型コロナウイルス感染症への対応の要となったmRNAワクチンはハンガリーの女性科学者の研究とトルコ系ドイツ人夫妻が創生したベンチャー企業、そして米国ファイザー社などが国境や性別を超え、多様な人々の連携によってスピード開発されました。イノベーションの創出には様々な知の融合が必要であり、それを支えるのがD&Iです。D&Iをベースとしたイノベーションの創出を企業競争力の源泉として捉え、持続的成長に繋げていくことが大変重要です。

◤D&Iを加速させるために必要なポイント ◤

 ここで、D&Iを加速していくために、私が必要と考えるポイントを3点挙げます。

 1点目は、「透明性の高いコミュニケーション」です。男性中心社会の象徴である「暗黙知」が支配する閉鎖的なコミュニティで物事を決定するのではなく、様々な情報を可能な限り開示して意思決定の透明性を高めることが重要です。また多様なステークホルダーの視点を経営に取り入れるために意思決定層の人材を多様化させることも重要です。今までとは異なる視点が加わると、良い意味での緊張感が生まれ、新たな気づきにもつながります。思い込みなどのアンコンシャス・バイアスがなく、心理的安全性を確保したマネジメントが浸透していれば、年齢・経験・国籍に関係なく、自分の意見を臆することなく自由に発言できるようになり、透明性の高いコミュニケーションを図ることができるようになります。

 2点目は、「ワーク・ライフ・バランス」の浸透です。新型コロナウイルス感染症の影響は、一方で、リモートワークといった非対面型ビジネスをはじめ、遅々として進まなかった日本における働き方を大きく変えました。ポストコロナにおいても、この変化を定着させ、更に進化させていく必要があると考えます。まさにウィンストン・チャーチルが言う「Never Waste a Crisis(危機を無駄にしない)」ということです。慣行的な長時間労働を是正して、様々なバックグラウンドを持つ社員が価値観やライフスタイルに合わせた柔軟な働き方ができ、すべての人が能力を発揮し、活躍できることが大切です。多様な人材による組織構成だけでなく、それぞれが多様な経験と幅広い知見を持つ個人の中の多様性である「イントラパーソナル・ダイバーシティ」が重要だと考えます。例えば、男性の育児休業取得は、男性が育児に専念し異次元を経験することで、新たな価値観や考え方の柔軟性を得ることにつながります。自分らしい生き方を選択し、ワーク・ライフ・バランスが浸透していくと、イントラパーソナル・ダイバーシティを豊かにさせることができると思います。

 3点目は、「オープンな企業風土づくり」です。年齢・経験・国籍などに関係なく、誰もが自由に意見することができ、その意見を取り入れることで、新しい考えや可能性に出会い、イノベーションが生まれます。失敗を恐れず、チャレンジできる企業風土に進化させるために多様性を受け入れる、つまりインクルージョンすることがD&Iの推進につながっていくのです。

 グループ企業の三井住友海上では、フリーアドレス導入に加え、ドレスコードを廃止しました。組織や役職等の壁を越えた自由闊達なコミュニケーションを図り、多様な価値観や発想を共有し、イノベーションを生み出す活気ある職場風土の醸成につなげるための改革です。実際に社員からは、「相談しやすい雰囲気になり、部あるいは課という組織を越えたコミュニケーションが生まれている」、「新鮮なアイデアが生まれるようになった」、「他の分野の仕事を知ることができるようになり、新たな気づきを得られている」等の声も上がり、効果が出ています。

 6月改定のコーポレートガバナンス・コードにおいては、「企業の中核人材における多様性の確保」が求められています。これは、管理職層に女性・外国人・中途採用者を登用することへの考え方と、目標値を設定するものですが、企業はさらに、自由な多様性が活かされるよう、様々な取組みが必要です。

 また、経団連では、女性活躍をはじめダイバーシティ推進を企業の経営戦略における重要課題と位置づけ、強力に推進してまいりました。2020年11月公表の「。新成長戦略」では、新型コロナウイルスの感染拡大で世界経済が低迷する中、経済を回復し、持続可能な資本主義社会につなげていく鍵はD&Iであり、そのメルクマールとして、「2030年までに女性役員比率30%以上を目指す」という目標を掲げました。この目標は日本の足元の状況からすれば、たいへん野心的な内容ですが、あえて高い目標を掲げることによって、企業の具体的取組みが一層加速することを目指すものです。

 イギリスでは、日本のTOPIX100にあたるFTSE100において、2010年当時12.6%だった女性役員比率を30%に引き上げる目標を掲げ、8年目の2018 年に達成しました。日本においては、現在、TOPIX100の女性役員割合は10%です。約200社に賛同いただいています。さらに大きなムーブメントにつなげていきたいと考えています。大切なことは、ダイバーシティ&インクルージョンは、イノベーションによる成長とサステナブルな社会づくりを目指していくものだと、しっかり認識した上で進めていくことです。

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