【特別鼎談】ジェンダーに関する裁判例の変遷と 社会に与えた影響(1/4)

 21世紀職業財団では、これまで、『女性労働の分析』という標題のもとで、厚生労働省が取りまとめた「働く女性の実情」に加え、当財団が編集した女性労働に関する裁判例集を収録した書籍を刊行してまいりました。このたび、この女性労働に関する裁判例に選択的夫婦別姓に関する裁判例などを加え、『ジェンダー関連労働裁判例集』として独立した冊子を編集・刊行すると同時に、ウェブ上でも公開させていただくこととしました。

 本書の刊行の機会に、いくつもの歴史に残る裁判に関わってこられた元最高裁判所判事の櫻井龍子氏、『ジェンダー関連労働裁判例集』の監修をお願いした弁護士の本田敦子氏のお二方をお迎えし、これまでの裁判例が女性労働政策や企業の雇用管理にどのような影響を与えたか等について、当財団会長の伊岐典子を交えお話をいただきました。

※登壇者の所属・役職は当時のもの

※事件名をクリックすると、『ジェンダー関連労働裁判例集』の掲載ページへリンクします(PDF)

定年等の男女差別が違法であると判示され、均等法施行に影響を与えた

伊岐:昭和40年代以降集積してきた女性労働に関する裁判例は、その時々の働く女性をめぐる状況や課題を反映するものであると同時に、出された判決の内容がその後の女性労働政策に大きな影響を与えてきたという点で、大変重要な意義を有するものだと思います。
 昭和41年の住友セメント雇用関係確認等請求事件と昭和44年の東急機関工業地位保全仮処分申請事件は、それぞれ女性労働者についての結婚退職制と若年定年制が公序に反し違法であると示されたリーディングケースと言われています。当時の女性労働に関する法制度は、労働基準法第4条に定められた男女同一賃金、それから女子保護規定※1のみであり、退職や定年に関する差別についての規制はありませんでしたが、これらの裁判を契機に結婚退職制や女子若年定年制が問題として認識されるようになりました。昭和48年には「結婚退職、若年定年などの不合理な雇用制度等については多面的な啓発指導を行い、その解消に努めるものとする」と労働省の文書に明記され、その後国際婦人年や裁判例の集積も力になって課題認識が強まり、昭和52年には若年定年制、結婚・妊娠・出産退職制等の改善に向けた年次計画が策定されました。
 日産自動車雇用関係存続確認等請求事件では、定年年齢を男性よりも5歳低く定めた男女別定年制について争われ、最高裁まで上がりました。この定年年齢の男女差は、当時の年金支給開始年齢にリンクしていたわけですが、不合理な差別であるとの判決となりました。そしてこの男女別定年無効の判決が、それ以前の結婚退職制等に関する判決とともに均等法の内容に大きな影響を与えたと考えられます。均等法の立案を審議していた婦人少年問題審議会では、公益委員から「定年・退職・解雇については、判例の集積もあることから……合理的理由のない男女の差別的取り扱いをしてはならない」との意見が出され、建議に結び付きました。昭和60年に成立した均等法では、労働者が女子であることを理由とした定年・解雇の差別禁止、婚姻および妊娠・出産を退職理由とする定めや解雇等が禁止されています。

本田氏(以下、敬称略):昭和40年代から50年代にかけては結婚退職制や男女別定年制といった雇用継続に関する差別を問題とする裁判が多かったと言えます。男女差別禁止は憲法第14条に規定されていますが、憲法は国と個人との間の法律であり、私人間には直ちに適用されないため、企業と労働者との私人間においては、かかる憲法の趣旨を民法第90条等の「公の秩序」として解釈した上で、差別とされる問題を正当化する合理的な理由の有無を検討して判断されていました。

昇進昇格の男女差別について採用区分やコースの違いへの判断の変化

伊岐:均等法後は、定年の男女差別に関する裁判は見られなくなりましたが、未だに連綿として昇格や賃金差別の裁判が起こされています。本田弁護士からいくつかご紹介いただけますか?

本田:均等法が施行された昭和60年代以降は、処遇に関する差別を問題とする訴訟が増えていきます。住友電工損害賠償請求事件は、高校卒業後に事務職として入社した2名の女性社員が、同じく事務職として入社した同学歴の男性社員と比べて、昇給・昇進の面で不利益な処遇を受けていることについて、男性社員との賃金格差相当額の損害賠償等の支払いを求めた事案です。
 裁判所は原告らの請求を棄却しました。この会社では幹部候補要員としての採用か否かにより、全社採用と事業所採用を区別しており、事業所採用である原告らと、比較対象となった全社採用である同学歴の男性社員との間で、昇進や賃金に格差が生じたのは、社員としての位置づけの違いによると解されたのです。また、採用や昇進等の差別は平成11 年施行の改正均等法で禁止されましたが、原告らが採用された昭和40年代の社会状況に照らすと、会社が女性社員を定型的・補助的業務に従事する社員として採用し、その後もその位置づけに従って処遇したことが公序に反し、違法な男女差別とはいえないと判断されています。

伊岐:本件では、原告らが提訴に先立ち、労働省の地方支分部局である大阪婦人少年室に対し均等法に基づく調停申請を行いました。大阪婦人少年室は、男女の採用区分が異なり、差別の有無の判断を行うための比較ができないことを理由に調停不開始の決定をしたため、この決定が違法であるとして、会社に対する損害賠償請求と同時に国家賠償請求も起こされました。当時は、本件以外にも複数の住友系の会社で働く女性たちが均等法に基づく調停申請を行いました。本件の地裁での判示内容は本田先生がご説明された通りで、法律は遡及適用されないという原則にのっとったものですが、労働者の控訴後に大阪高裁で和解が成立したときの和解勧告では、均等法以前に雇用された女性労働者もその後の法的整備の成果を享受する権利がある旨の内容となっており、男女平等に関する司法の姿勢の変化を感じたことを憶えています。

櫻井氏(以下、敬称略):平成10年から20年頃にかけては、処遇による賃金格差に関する裁判がいくつもありました。住友電工を始めとする裁判例がリーディングケースとなって、各企業の担当の方々もその内容をしっかりと認識されたため、裁判例が差別への予防的な効果を発揮した面もあったのではないでしょうか。

本田:兼松賃金等請求事件では、合併前の旧会社の時代からいわゆる男女のコース別管理がなされていたのですが、合併後の昭和50年代から、事務職で採用された女性が男性総合職に近い仕事を担うようになり、社員の区分と仕事の区分が曖昧になっていったという事情があり、高裁の判断のポイントにもなりました。このような観点は、今の同一労働同一賃金の話にも通ずると思います。
 地裁では、男女のコース別管理が原告らの入社当時の社会的状況等に照らし公序に反するものではないとして請求を棄却しました。一方で高裁は、会社が何度か人事制度を改定していることに着目し、(1)職掌別人事制度導入前の昭和59年12月までの期間、(2)同制度を導入した昭和60年1月から新人事制度導入直前の平成9年3月までの期間、(3)新人事制度導入以後の期間、という3つの期間に分けて、格差の合理的理由の有無を検討しました。
 そして、(1)の期間においては、当時の法令の内容や社会情勢に加え、男女がそれぞれ担当する職務内容が男女のコース別の処遇制度と概ね合致していたことから、公序良俗に反するとはいえないとしました。その後、女性の勤続年数が延び、経験を積んで専門知識を身につけた女性が男性と同様の仕事をするようになったため、(2)の期間においては、職務内容に同質性がある男性社員との間の格差は公序に反すると判断しました。また、この時期は職掌の転換制度が設けられていたのですが、女性は転換の要件である本部長の推薦を受けるのが難しいという実態も見られたため、転換制度は合理的ではなく、格差を実質的に是正するものではないと結論づけました。新たな人事制度導入後の(3)の期間についても同様に、職務内容の区分が曖昧で、格差は性の違いにより生じたものという判断になりました。この事件は、差額賃金相当額の算定について、民事訴訟法第248 条を使ったことも特徴的です。

櫻井:この条文は、平成8年に改正された民事訴訟法において新設されたもので、これにより損害額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所が損害額を認定できるようになったわけです。

櫻井龍子氏

※1 女子保護規定……時間外労働の制限、深夜業の禁止、坑内労働の禁止、危険有害業務の制限等、女性労働者を保護する規定が労働基準法に定められていたが、男女雇用機会均等と女性の職域拡大を図る観点から平成11年(1999年)に母性保護に関するものを除き撤廃された。
 

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