【特別鼎談】ジェンダーに関する裁判例の変遷と 社会に与えた影響(4/4)

夫婦同姓を義務づける制度 職業生活上の損失の大きさの認識

伊岐:ここで、働く女性にとって関心の高い選択的夫婦別姓に関する裁判例のお話に移りたいと思います。平成27年の損害賠償請求事件最高裁では、櫻井判事、岡部判事、鬼丸判事の女性判事3人が共同意見を出されましたね。「上告棄却との多数意見の結論には賛成だけれども、憲法に違反するものではないとする説示には反対」という文脈でしたが、もしよろしければ、そのお考えについて教えていただけますでしょうか。

櫻井:同姓の強制は違憲か合憲かについては判決の前は学会でもそれほど議論されていませんでしたし、下級審でも判断はほとんど見られませんでした。世間一般でも議論が盛んに行われていた問題ではありませんでしたから、今と比べると、未熟な議論しかできていなかったですね。
 この裁判で合憲多数派は、「長年、日本の社会に定着している制度で、家族が同一姓であることは家族の絆を維持するし、対外的にもひとつの家族を表すのに非常にいい制度である。また、嫡出子制度の関係からしても、親と同一姓であることは絶対に必要である」としました。私たちが主張したのは、「小さい頃から使っていた自分の姓を変えることになるのだから、アイデンティティの喪失になる。今は女性も結婚までの就業期間が長くなってきており、旧姓で積み上げてきた実績等々が改姓によって途切れてしまうことの損失は非常に大きい」ということです。自分の例を挙げながら主張したのですが、合憲派からは「そういう不利益があって困っているのは認めますが、櫻井さんが藤井と名乗っていたように通称を使用すれば、その痛みはだいぶ減るんじゃないですか」と、全く理解されませんでした。
 また、「70数年前は合理的であった民法750条も、女性の就業者数が増え、姓が変わることで精神的にも実質的にも不利益を被ってきている。国際機関からも勧告を受けているのであるから、そろそろ考え直すときではないか」との意見も出しましたが、最高裁の判決では「この問題は、最高裁が司法として判断するのではなく、国会で広く国民の意見を聞いて、家族のあり方を踏まえて決めていかなければいけない問題である」としました。
 ただ、巷での議論はそれなりに盛り上がりを見せました。判決では、国会で議論すべき問題だと言っていたにもかかわらず、国会ではなかなか議論されないので、やはり裁判所で判断する問題である、と別姓制度の導入を推進する人たちが改めて訴訟を起こしました。昨年6月23日に最高裁で結論が出されたのですが、前の判例に従い、国会で議論すべき問題だと重ねて強調しただけでした。国会は議論する方向で動いているようですが、今はコロナ対策とそれに伴う経済対策の問題のほうがあまりにも大きいので、なかなか国会で議論が進んでいないなという状況ですね。

伊岐:昨年最高裁決定が出されたのは市町村長処分不服申立て却下審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件ですね。櫻井さんは最高裁判事の職を離れられた立場で、この決定を客観的にご覧になっていたかと思います。出訴の文脈が前回とは異なっており、強い反対意見も出されたようですが、多数意見にくみしない方の総数は減っているようですね。

櫻井:内容的な問題よりも、前回の最高裁の大法廷判決を覆さなければいけないほどのものかということに論点が置かれました。しかも前回の判決に関与していた裁判官が3人いたので、そこまで状況は大きく変化していないというかたちでの補足意見にならざるを得なかったのだと思います。

働き方が変わりつつある中で裁判内容も変化 残る差別に対しても訴訟の活用を

伊岐:今後の女性労働に関する裁判の動向や、司法界の果たす役割等についてはどのようにお考えでしょうか。

本田:今は企業も差別に対する認識が高まっているので、処遇格差についての裁判は、今後少なくなるだろうと思います。配置転換については、少子高齢化で労働者人口が減る中、配慮が必要な事情を抱える労働者も少なくないため、今後は会社も難しい決断を迫られることがあるかもしれません。
 選択的夫婦別姓に関しては、私自身は仕事の上での実績を積む前に結婚したので、あまり姓を変えることに疑問を持っていなかったのですが、別姓制度ができるには、自己と異なる価値基準、つまり改姓による不利益が大きいと感じる人の考えを受容する人が増えるかどうかが大きいと思います。

櫻井:選択的夫婦別姓に関しては、アメリカで別姓の結婚届を出した日本人の夫婦が、日本へ帰国して役所に別姓のまま届け出たら、ひとつの姓でないと受け付けられないと受理を拒否されたことについても裁判で争われています。先日、地裁の判断が出て、結婚は有効であるけれども、婚姻届を受理しなかったのもまた有効であるという結論で確定させたのです。憲法第24条の有効な結婚をしていることにはなるのですが、それを受理しないことについて、次の展開として、どういう訴訟が出てくるのかなと注目しています。
 夫婦別姓についての世論調査を見ると、反対する世代が20年前は50代以上が多かったのですが、今は60代〜70代と、反対する世代の年齢が上がってきています。ですから数年もすれば、世論は変わるだろうと楽観はしています。
 今はコロナの影響もあり、企業の中の働き方とか、雇用制度、人事管理制度が大きく変わってきていますが、世の中にはまだまだ女性に対して職場における差別がとても多いと思っています。その割にアメリカなどと比べて非常に訴訟が少なく、特に最高裁まで争う訴訟が少ないと感じています。女性の方たちには、自身の権利意識をしっかり持っていただいて、きちんと争うべきところは争ってもらいたいなと非常に強く感じています。
 いわゆるマタハラ訴訟のように、最高裁で法理判決を出すことで、本当に血の通った法律になっていくのではないかと思っています。ですから、もっと裁判を活用してほしいですね。行政指導も重要ですが、裁判できちんとした考え方をまとめて、世の中に出していくことが女性や労働者側のプラスになるだけではなく、社会全体のプラスになると思っています。

伊岐:お二方には、たいへん有意義なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。本日は時間の関係で触れられませんでしたが、ジェンダー関連では、LGBTQに関する雇用管理上の取扱いについての裁判例にも注目が集まっています。それらも含めて最新の動向を裁判例集の形で情報を提供すること等を通じて、働く女性をはじめジェンダーにかかわらずあらゆる人がその能力を十分に発揮しながら健やかに働ける環境の実現に向け、少しでも貢献できるよう努めていきたいと思います。
 

左から本田敦子氏、櫻井龍子氏、伊岐典子
 

プロフィール
櫻井 龍子(さくらいりゅうこ)氏  元最高裁判所判事
1947年生まれ。1970年労働省(当時)入省。育児・介護休業法の立案・改正、男女雇用機会均等法の改正等に携わる。大臣官房審議官、女性局長等を歴任。内閣府情報公開審査会委員、大阪大学大学院法学研究科招聘教授、九州大学法学部客員教授を経て、2008年最高裁判所判事に就任。2017年退官。2018年旭日大綬章受章。

本田 敦子(ほんだあつこ)氏  弁護士
1969年生まれ。1995年に判事補任官(京都地方裁判所)後、東京法務局(訟務検事)、浦和(現・さいたま)地方裁判所、東京家庭・地方裁判所八王子支部勤務を経て、2005年に判事任官(福岡家庭裁判所)。同年8月に依願退官。2010年弁護士登録(第一東京弁護士会)、安西法律事務所入所、現在に至る。

伊岐 典子(いきのりこ)  公益財団法人21世紀職業財団会長
1956年生まれ。1979年労働省(当時)入省。男女雇用機会均等法、育児休業法等の立案をはじめ女性労働、職業安定、労働基準等の行政に従事。雇用均等・児童家庭局長、東京労働局長等を経て、2014年ブルネイ駐箚特命全権大使。2017年7月退官。2018年6月より現職。

*事件名は判例誌等で用いられている事件名をそのまま表示しており、財団の独断で命名したものはありません。

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