2026年11月04日
実施報告

第14回 明日のビジネスを担う女性たちの交流会 in 大阪

<開催日時>2026年10月7日(水)15:00~16:30
<開催形式>Zoomでのオンライン開催(関西事務所主催)

今年度もオンラインで開催し、190名が参加されました。女性役員3名をパネリストにお迎えし、当財団関西事務所長の佐野由美のコーディネートで、一皮むけた経験など具体的なエピソードを交えて語っていただきました。三者に共通していたのは、自ら描いた通りのキャリアではなく、予想外の異動や役割を受け入れ、その都度挑戦を重ねてこられたことでした。参加者からは、これからのキャリアを歩むためのエネルギーをいただいた、という声がたくさん寄せられました。

パネリスト 自己紹介

白藤 万理子 氏(ヤンマーホールディングス株式会社 取締役 サステナビリティ・CSR・総務担当)

新卒でヤンマーに入社して以来、経理を中心に仕事をしてきました。転勤を経験し子育てとの両立に悩んだ時期もありましたが、2019年に人事に異動しキャリアに大きな変化が訪れました。その後人事課長を経て1年もたたないうちに特例子会社の経営にも携わる機会をいただき、本当に楽しくてキャリアとして宝物のような経験になったなと感じています。4年後に、今度は本社の取締役として戻ることになりました。キャリアは自分で描いたとおりには進みませんでしたが、その時々の役割に向き合うことで今につながっていると感じています。

徳永 恭子 氏(株式会社神戸新聞社 取締役 経営企画・情報リテラシー担当)

私は神戸新聞社で社会部記者として長く現場の取材に携わり、たくさんの人に出会い、多くのことを学ばせてもらいました。その後デスクとして、ずっと編集畑を歩むと思っていましたが、入社25年で突然、経営企画室に異動になりました。全く記者の経験が生かされない仕事になり、もう嫌だと思った時期もありましたが、その後仕事の面白さを感じ始め、2026年の春から取締役に就任しました。振り返ると、いろんな分野の仕事にチャレンジして、失敗して傷つきながら、またいろんなことを見ていく、そんな自分のキャリアだったなと思っています。

塩見 真保子 氏(シキボウ株式会社 取締役 監査等委員)

私は入社以来、繊維事業部門で営業・マーケティング・担当分野も川上(生地)から川下(製品)まで広く経験させていただきました。その間、3人の子どもを育てながら、子供服企画提案を担当する機会にも恵まれ、やりがいを持って取り組んでいました。思わぬことに2017年に管理部門への異動という大きな転機があり、秘書課長等を経て総務人事部長という重い職責を担うこととなりました。そして2026年春に社長から取締役就任の打診があり「断る選択肢はない。もうやるしかない」という気持ちでお受けしたところです。

パネルディスカッション

■自分にとっての“一皮むけた経験”■

  • 特例子会社の社長に就任した4年間は、私にとって一番大きかった経験です。社長と言っても営業職のようなこともしましたし、他の特例子会社とは、障がい者雇用という意味では仲間であり、深いネットワークも築くことができました。社長ですので、最終的には自分で判断しますが、全部自分で行うのではなく、各部門に詳しい部下にそれぞれの力を発揮してもらって組織として活動していました。【白藤氏】
  • アパレル子会社に出向していた時代が、大きな成長の機会となりました。子供服のブランドビジネスという会社としてのチャレンジであり、小売店の売り場で働く従業員の生活がかかっている、という重い責任を担っていることを日々実感しました。「ビジネスとして成功させたい、褒められたい」というより、「上司やみんなの想いに応えるために、結果を出したい」という責任感が培われ、今にすごく生きていると思います。【塩見氏】
  • 振り返ると二つの節目があります。一つ目は女性初の県政キャップ時代です。地元紙でありながらライバル紙に地元の記事で先を越された場合、会社の幹部に説明を求められ、ずいぶん鍛えられました。神戸新聞社という看板を背負いながらも、「徳永恭子」という個人としての信頼を築くことの大切さも学びました。二つ目は、先ほどお話しした、入社25年で編集局から経営企画室に突然異動になった時です。【徳永氏】

■キャリアに好影響を与えた人との出会い■

  • 入社した時の先輩がキラキラと輝いていて、その背中をずっと追いかけてきました。また、営業経験の浅い頃、受注した仕事の納期がどうしても間に合わないことが判明しました。その際、周囲のメンバー、他部署の方々が総出でフォローしてくださり、無事に乗り越えることができました。この経験を通じて、「仕事はチームで行うもの」という本質を深く学びました。多くの先輩や同僚と協力し良い関係を築いてこられたことが、現在の私の財産になっています。【塩見氏】
  • 新人記者時代、警察担当として毎日通うもネタが取れず、ライバル社の先輩が取っていく中、広報担当の副署長に「特ダネが取れない」ってこぼしたら、その副署長から「でも徳永さん、毎日絶対来てるよね」って言ってくれました。「人はちゃんと見ているよ」という言葉は、30年以上経った今も心に残っています。この経験があるからこそ、私も後輩をきちんと見守る存在でありたいと考えています。【徳永氏】
  • 初期配属の上司がすごく大きな存在で、私を総合職一期生の女性ではなく、一人の人として育ててくれました。また、取締役になる時、大きなプレッシャーと不安を抱えていましたが、後輩の女性社員たちの「白藤さんが取締役になってくれて嬉しい」という言葉が背中を押してくれましたし、私の娘が「ママだったら大丈夫じゃない?」と折々に声をかけてくれたことも支えとなりました。【白藤氏】

■性別役割分担意識(アンコンシャスバイアス)による影響■

  • 東京に転勤する際、「そこまでして仕事をしたいの?」と言われました。男性の同期と同じ気持ちで入社しただけに悲しかったですが、反発するのではなく「私は働き続けたいんです」と意思を伝えました。その時代の当たり前が自分の状況と合わないこともあります。だからこそ、自分の考えを持ち続けることが必要だと思っています。【白藤氏】
  • 子育て中、たまに営業の方と飲みに行くと「子どもは誰が見てるの?」と聞かれ、「夫です」と言ったら「どんだけ仕事したいの?」と説教が始まることがありました。30年以上前初めて産休・育休を取った頃は挨拶周りで、取引先から「いい会社やね」と嫌味を言われたこともありました。社内外の環境も大きく変わり今では考えられませんが。何より仕事を続けられる環境があったこと、そして自分自身が歩みを止めなかったからこそ、今の私があるのだと思っています。【塩見氏】
  • 当時の新聞社は超男社会で、女性は1割もいませんでした。私個人としては気楽にやってきましたが、時にはアンコンシャスバイアスに自分を合わせてしまっていた部分もあり、後輩たちに本当申し訳ないなと思っています。時代が変わり女性の役職者も増えてきて、アンコンシャスバイアスは薄まりつつありますが、まだゼロにはなっていません。だからこそ、今の私にとってのダイバーシティ推進は、当時の「罪滅ぼし」という思いで取り組んでいます。【徳永氏】

■役員のポジションの醍醐味、自分自身と会社にもたらした変化■

  • 「役員になると視座が変わる」とよく言われますが、実際にその立場になってみて、見える景色が大きく違うことに驚いています。会社全体を見渡すような貴重な経験をさせていただけることに、本当に感謝しています。白藤さんもおっしゃっておられましたが、後輩からの「塩見さんが役員になってくれて嬉しかったです。頑張ってください」という言葉が励みになっています。後輩たちのために少しでも何か、私にしかできない仕事に取り組みたいと思っています。【塩見氏】
  • 社外の方が取締役就任のお祝い会を開いてくださって、その時に「取締役は『取り締まられ役』やで」と言われました。社内外から見る目が変わり、本当にそうだなと感じています。これまでは前に出て回し役の仕事でしたが、今は全体を見渡して補完する調整役を務めています。これがなかなか難しいのですが、社内の各部局やグループ会社がうまく連携し、シナジーを発揮して一つの成果を上げた時には、大きなやりがいを感じています。【徳永氏】
  • トップの考えを身近に触れて会社への理解が深まり、会社のことがより一層好きになったと感じています。この思いを全社員に伝えていくことこそが、私の果たすべき役割だと考えます。また、経営会議などに出席する中で、他の人と異なる視点を持っていることに気づくことがあります。その際には自分の感覚を大切にし、一つの意見として述べるよう心がけています。多様な意見を検討し、良い結論が出せる会社へと進化していく実感があります。【白藤氏】

■仕事とプライベートの両立■

  • 30代は子ども3人の出産・育児と責任ある仕事を両立する中で、「お給料分を稼いでいないのでは」と悩む時期もありました。同じ境遇の友人や同僚と語り合う中で気づいたのは、「子育ても介護もいつか必ず終わりが来る」ということです。両立で悩まれた時こそ、「やりたいことリスト」に書き留めたりして、歩みを止めず前向きな気持ちを持つことが大事です。その積み重ねが次のステップへのモチベーションにつながると思っています。【塩見氏】
  • あらためて振り返ると絶妙なバランスで両立してきたと思います。私の場合は、夫とは管理職になるタイミングも違いましたので、先々のことを決めるというのがなかなか難しかったです。夫婦や家族によって事情や考え方が異なりますので、それぞれにとって最適なバランスを見つけていくということが一番いいのではないか、と考えています。【白藤氏】
  • 私の場合は夫婦二人暮らしで両立を意識せず、部下や後輩の産休育休の悩み事を聴く側でした。しかし、人生は甘くありません。現在、母が在宅で父の介護をしており、私は行政手続き等のため平日に休みを取る機会が増えました。休まなければならない時は申し訳なさを感じていましたが、意外と私がいなくても職場は回ることに気づきました。大事なのは周りの人たちの「納得感」です。ケアが必要な社員を支え、働きやすい環境を整えていくことで、互いに優しくなれる職場づくりにつながると思います。【徳永氏】

■参加者へのメッセージ■

  • ただただ必死に走り続け、気がついたら今ここにいる、そんな風に感じています。30代や40代の頃は本当に日々の記憶がないほど必死に過ごし、何も覚えていないくらいです。とにかく毎日毎日その日のことを一生懸命にやり遂げ、少しでも前に進もうと努めてきた結果が、今につながっているのだと思っています。今、キャリア形成や資格取得に向けて意欲を持たれている方もいれば、育児や介護などで思うように時間が取れない方もいらっしゃると思いますが、少しずつでも続けていくことで、明日が見えてきます。皆さん、一緒に頑張っていきましょう。【塩見氏】
  • 会社や仕事と人生は、長距離走のようなものです。その間に給水することもあれば、ちょっとペース緩めようか、足を痛めたな、という時もあります。逆に調子がいいから距離を稼ごう、という時もあり、まさに山あり谷ありだと思います。最後にゴールテープを切る時に、にっこり笑って「楽しかった、何とかここまで走れた」と思えれば上等です。私もそんな思いで残りの仕事人生を走るつもりです。先は長くても自分自身を信じて前に向かって走っていってもらえればと思います。【徳永氏】
  • 小さな仕事でも自分なりに考えて丁寧にやってきた結果、自分の中に知らないうちに、いい意味で積み上がっていることに、今、気づいています。小さくても無駄な仕事はないと思いますし、頑張っている姿はきっと誰かが見てくれていると考えています。時に仕事を少しセーブしなきゃいけない時もありますが、どんな時も焦らないでいいと思います。人生百年時代、長いキャリアの中のほんの一瞬なので、あまり落ち込まないで、「その時できる最大を今やってるからきっと大丈夫だ」と自分を信じて、周りの人への感謝の気持ちを大切にしながら、ぜひ前に進んでいってほしいと思っています。【白藤氏】
参加者の声
  • パネリストの方々は、女性総合職第一号、取締役第一号など、それぞれの会社や分野で道を切り拓いてこられ、どこか自分とは距離のある、雲の上のようなお話になるのではないかと思っていました。実際には、良い意味でとても自然体に、ご苦労や葛藤、やりがいを率直に語ってくださり、教科書的ではない本音をお聴きできたことが大変印象に残りました。皆様それぞれが第一人者として、多くの努力や経験を積み重ねてこられたのだと思いますが、役員という責任ある立場に就かれたことを後輩の女性社員たちが心から「うれしい」と受けとめられ、第一線で活躍されていることに、私自身も大きく励まされました。(50代)
  • 今回のお話を通じて、キャリアは一人で築くものではなく、人との出会いや周囲との関わりの中で培われていくものだと改めて感じました。自分自身も日々の出会いを大切にしながら、これからのキャリアを前向きに考えていきたいと思います。(50代)
  • パネリストの皆様は、現役の取締役としての役割をとても丁寧にリアルにお話しされていて、メンターとしてもとても頼りになる、素晴らしい方々でした。こういう取締役が企業の中でもっと増えることを願っています。(60代以上)
  • 仕事にやりがいを持って取り組んでおられ、家庭との両立も可能なんだと思うことができました。全員が平等に仕事を頑張ることができるような社会になればいいなと思います。(20代)
  • パネリストの方々のご意見に共感し、理解できる内容で興味深かったです。個人によって置かれている環境は様々ですが、一定のジェンダーバイアスと戦いながら女性が仕事人生を歩んでいくためには、年齢・地位問わず、より多くの女性たちの体験談を聴くことがとても重要だと感じました。(50代)