講義内容に関するご質問と回答

この度は、養成講座の講義内容についてご質問をいただきありがとうございます。
質問内容は、質問者からいただいた文章をほぼそのままの形で掲載しております。


「ハラスメントの基礎知識」の講義の内容について


Q1.各ハラスメント共通で事業主が講じるべき措置の1つとして、相談窓口をあらかじめ定める、ということがありますが、窓口担当者自身、または担当部署のスタッフがハラスメントにあわないとは限らないと思います。
その場合の相談はどこに、またその先の対応は誰が行うという体制を考慮したらよいのかとても疑問に思います。
対象となる全ての労働者について平等に体制を整えるにはどのような方法が考えられるでしょうか。
ご教示いただきたくお願い申し上げます。

【回答】
ご指摘の通り、相談窓口担当者が被害に遭うことも起こり得えます。ハラスメント対応をするのは相談窓口担当者一人とは考えにくく、複数の相談担当者がいる場合には他の相談担当者、または信頼できる上司、ハラスメント担当の役員や管理職、ハラスメント対策委員会、外部相談窓口等、複数の相談先を用意し、相談しやすい体制を整える必要があると思います。相談窓口担当者も含め全ての労働者が平等に相談できる体制作りが望ましいと考えます。


Q2.厚生労働省パンフレット

p.8 「対価型セクシュアルハラスメント」とは 及び
p.26 「ポイント」4点目

の記述に関連して、対価型セクシュアルハラスメントの定義について質問です。
労働者が拒否や抵抗をしたことにより不利益を受ければ明らかな「対価型セクシュアルハラスメント」となりますが、p.26の記述のように、拒否や抵抗をすれば不利益を受けるであろうという恐れから行為者に対して迎合的な言動を取っており、そのことが原因で心身に不調をきたし就業に困難が生じているような場合、定義上ではセクシュアルハラスメントであると判断できますでしょうか。
また、今年の刑法改正により不同意性交等罪が明確化されましたが、そのことによる判断基準の変化等の影響はありますでしょうか。

【回答】
性的な言動により、心身に重大な影響を受けていることが明らかな場合には就業環境が害されていると判断し得るので、セクシュアルハラスメントに該当すると考えられます。刑法改正による判断基準への影響はありません。
セクシュアルハラスメントの判断基準は、「意に反する身体接触によって強い精神的苦痛を被る場合には、一回でも就業環境を害することになり得る」ため、刑法改正の前と後で判断基準は変わらないと言えます。


Q3.①ハラスメント基礎サンプル問題 問❶ bは、セクハラでなくパワハラに該当するということで、誤りなのでしょうか?
②パワハラの現状②の労働者や事業者等から寄せられた相談件数44,568は、個別労働紛争相談件数69,932には含まれないのでしょうか?個別労働紛争相談件数の意味合いが不明です。

【回答】
①(問題1はbではなく、cでしょうか?)パワーハラスメントの行為類型「個の侵害」に該当すると考えられる例として「労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の慮回を得ずに他の労働者に暴露する」が挙げられています。そのためパワハラに該当し得ます。

②令和4年4月の改正労働施策総合推進法の全面施行に伴い、職場におけるパワーハラスメントに関する相談については同法に基づき対応されるため、民事上の個別労働紛争(のいじめ・嫌がらせ)の相談件数には計上されていません。
個別労働紛争相談とは「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」に基づいて都道府県労働局の総合労働相談コーナーでの、労働問題に関する情報提供・個別相談のことです。いじめ・嫌がらせなど職場環境に関する相談件数が69,932件となります。


Q4.サンプル問題の問1について

設問cは、(誤)となっていますが、動画上の説明では(正)と理解されます。誤とされる理由をお聞かせください。

【回答】
パワーハラスメントの行為類型「個の侵害」に該当すると考えられる例として「労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の慮回を得ずに他の労働者に暴露する」が挙げられています。そのためパワハラに該当し得ます。
一方、セクシュアルハラスメントは「労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応(拒否や抵抗)により、その労働者が不利益を受けること(対価型)」又は「労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものになった(環境型)」となり、性的な言動でなければセクハラには該当しません。


Q5.
①スライド23「セクシュアルハラスメントの判断基準」について

被害を受けた労働者が女性/男性である場合→「平均的な女性/男性労働者の感じ方」を基準

とありますが、被害を受けた労働者が性的少数者である場合はどのように判定されますでしょうか。
例えば身体が男性で性自認が女性であった場合、男性上司から頻繁に肩を叩かれたり腕を組まれたりなどして強い不快感を感じているような状況で、平均的な女性であればセクハラであると感じる可能性が高いが平均的な男性はそのように感じないといったとき、個別の配慮はなされるのでしょうか。行為者の上司が労働者の性自認を知っているか否かによる、など一定の基準はありますか。

②スライド95ほかでの講義お話しについて

法規定等において、「~するよう努める」という努力義務、「~措置を講ずる」措置義務、などありますがそれぞれどのような意味合いとなるか確認したいです。
・努力義務→なるべくやるよう努めてください(罰則無し)
・禁止→してはいけません(違反したら罰則?指導?)
・措置義務→措置を講じなければいけません(やらなかったら??)

ほかに「配慮義務」というのも聞いたことがありますが、強制力の強い順はどのようになるのでしょうか。

【回答】
①セクシュアルハラスメントの状況は多様ですので、判断にあたり個別の状況を配慮する必要があります。セクハラは同性間でも対象となるので、「身体接触が苦痛に感じた」ということで就業意欲が低下しているのであればセクシュアルハラスメントになり得ます。また、このことで被害を受けた労働者は自身の性自認を事業所にカミングアウトする必要はないと考えます。

②努力義務とは、法律によって一定の行動をとるよう努力することを義務付けるものです。努力義務に違反した場合は、法的制裁はありませんが、社会的な信用や評価に影響する可能性があります。措置義務とは、法律に基づいて事業主が一定の措置を実施することが求められる義務のことです。労働背策総合推進法においては罰則などはありませんが、厚生労働大臣は労働施策総合推進法の施行に関し必要があると認めるときは、事業主に対して、助言、指導または勧告をすることができます。勧告を受けた事業主が従わなかったときは、その旨を公表することができます。

強制力としては、措置義務(ある特定のことをしなければならない)⇒配慮義務(ある特定のことをしなければならないというわけではないが、なんらかの具体的な行動をしなければならない)⇒努力義務(何かをするように努める)の順になると理解してください。


「カウンセリングとメンタルヘルス」の講義の内容について


Q1.申立人(被害者)と行為者双方の言い分が異なる場合に第3者聴取になると思います。聴取を進める内に被害者と行為者の立場が入れ替わるということはないのでしょうか?
例えば痴漢の冤罪のように悪意を持った事実無根のでっち上げから始まるというケースが起こりえるという可能性はありませんか?
あるいは互いが行為者であり被害者であるという可能性は0なのでしょうか?
先に申し出た人が必ずしも被害者であり、訴えられた方が行為者であるという考え方は危険な気がしてならないのと同時に、事実確認の上出た判断によっては、申立人および行為者とされた側双方についてセカンドハラスメント、又は新たなハラスメントと捉えられるリスクもあるのではと不安に思います。相談窓口あるいは判定機関として対応する側になる場合、どういった心構えと受け止め方、考え方、判断の仕方が必要でしょうか?

【回答】
悪意を持った冤罪を狙った相談でしたら、丁寧に相談にのっているといわば「ボロ」が必ずでてきます。ともかく相談員は申立人の方の訴えに丁寧に耳を傾けることが原則です。
なお、問題が大変こじれている場合は、被害者と行為者がどっちもどっち状態になっていることもあります。その場合もどちらの言い分も丁寧に話を聴くことが原則です。それでもこじれるようでしたら弁護士に相談してもらい、法的に解決することをお勧めすることも一つかと思います。
ちなみに行為者はかつての被害者であった方も少なからずいらっしゃいます(育った家庭環境も含めて)。
また、被害者も被害者意識が強いあまりに他人に対して行為者的な言動をしてしまうこともあります。怒りの感情やハラスメントは、水が高いところから低いところに流れるようにパワーを持つ者から弱い人に連鎖していく傾向があります(職場でのうっぷんを子どもに向けるなど)。その連鎖を食い止める重要な役割を私たちが担っています。どんな理由があっても、暴力やハラスメント行為は許されません。けれどもそうならざるを得なかった背景を理解することで、行為者自身が自らの心に向き合い、行動を変えていく支援にもなります。


Q2.相談を受ける際の目線について、共感や受容の場面では積極的に目線を合わせる場面を持つべきと考えますが、傾聴中の目線はどのような点に留意すべきでしょうか。(見つめ過ぎないよう、首元あたりを見るようにするなど)
また、視覚タイプの相談者について手・腕の位置は机の上に置く、膝の上に置くなど留意点はありますでしょうか。
背筋を伸ばして聴いておればあまり気にしなくてもいいかもしれないとも考えています。

【回答】
ケースバイケースですが、あまり固くならずに相手の話に傾聴しつつ、自然に相手のペースに合わせていると自然に視線のやり場や目を合わせる程度も見つかると思います。相手の首元をみるのもかえって不自然です。威圧的ならないように、また変になれなれしくならない距離感と振る舞いが重要です。一度、鏡を見ながら、自分自身がどのような表情で話を聴いているのかチェックしてみるといいかもしれません。


Q3.現代型うつ症状となる者の傾向として他罰傾向が強いことがあり、加害者とする者に対し、激しい口調や表現を伴っての相談となる場合がありますが、このようなタイプについて望ましい所要時間(やや長め、やや短め、標準時間とすべきなど)、傾聴時の一般的な注意事項(相談を受ける側のしぐさ、ときには諫める、気分が多少落ち着くまで日をあけて改めて相談を受けるなど)はありますでしょうか。
実際の相談対応では、こうしたタイプの者は自らの言動を顧みるということ(自分を客観視すること)が苦手、又は思考の範疇にないように感じられること、自己愛が高いことからプライドが高すぎると感じることがありますので、一般論ではないノウハウがあればお教え願いたいものです。

【回答】
現代型うつ(新型うつ)は通称名ですので、その背景にパーソナリティの問題や発達の問題を抱えておられる方もいます。そういう場合は、傾聴(共感的姿勢)と時間制限(基本、標準)等について、ルールをころころ変えるのではなく、一貫性をもたすことが大事です。
時間が近づいてきたら、必ずアナウンスをしてください(「あと、10分になりました。他にも気になるところがあればお話しください」)。緊急でなければ、1週間をあけてお話をきくようにするといいかもしれません。
しかし、これも事案やご本人のパーソナリティ、メンタルへルスの状況によってケースバイケースです。大切なのは、相談員が一人で抱えずに相談担当チームで相談しながら進めるといいと思います。


Q4.「適応障害」と「うつ病」との境界があると思われますが、明瞭な判断基準というのは存在するのでしょうか。

【回答】
あります。DSM-5という診断・統計マニュアルに書かれていますので、お調べいただければと思います。適応障害は、環境的要因による原因がはっきりしている場合につけられます。ただし、診断名をつける医師によって判断が変わることもあります。


Q5.一般に「適応障害」の場合は、その状況から解放されると回復するとお聞きしていますが、休職して数年経過しても病名が変わらず休職を継続する者がいますが、実際のところ詐病の疑いは考えられるものでしょうか。

【回答】
詐病かどうかは、相談員のレベルでは判断しかねます。たとえ詐病だったとしても、そうせざるを得ない個人的な問題を抱えていることになりますので、カウンセリングをうけているか、の確認と、受けていない場合は、カウンセリングを受けてみることを勧めてみることもいいかもしれません。


Q6.パワーハラスメント対策に当たる場合、いわゆる「パワハラ気質」と言われる方(普段から、言葉遣いがぞんざいである、好き嫌いが激しい、日常から人を見下すような言動がみられる等)への対処として望ましい教育や研修の方法はありますでしょうか。
また、このような傾向にある方は、エリート意識が高い、成功体験が続いている、根拠のない自信に満ち溢れているような傾向があると感じますが、その背景にある共通する思想・信条というようなものがあるのでしょうか。

【回答】 アンガーマネジメント、アサーショントレーニング、自己理解のための研修は効果があると思います。本当に自信のある人は、他人を見下したり、エリート意識をひけらかしたりしません。自信のない人ほど、それをカモフラ―ジュするために尊大にふるまったり、根拠のない自信をひけらかしたりする傾向があります。また、人は育てられたように、他人にふるまうことがあります。そこに気づけるような研修を受け、ご自身の傾向を知る機会が得られるといいですね。


「ハラスメントに関する労働法」の講義の内容について


Q1.講義の中で労働基準法は行政取締法規であり、会社への責任が発生するが、管理職や役員などの法的な責任は民法など任意規定で発生するとお話があったかと思います。
一方で、最後についているサンプル問題の問2で、選択肢a「労働基準法違反の法的責任は役員や管理職などの個人も負う」が正解となっていました。この部分について解説をいただけますと幸いです。

【回答】
ご質問ありがとうございます。ここでの「責任」は、(1)労働基準監督署など行政から指導等を受ける対象となるという意味での責任と、(2)民事上、損害賠償責任を負うという意味での責任の2種類があります。サンプル問題は、過年度の講義において、(1)の意味における労働基準法違反の責任は、会社のみならず管理職等の個人も対象になりうる旨も取り上げており、その部分が出題されていたものです(労働基準法10条等が関係します)。ただ、実際に個人が指導や取り締まりの対象となるケースは限られるため、今年度は講義内容から外したという経緯がございます。以上、サンプル問題について補足させていただきました(サンプル問題につきましては、出題のイメージ等をご確認いただく程度にご覧いただけますと幸いです)。これに対し、(2)の意味における損害賠償責任は、管理職等が例えば不法行為に当たる行為を行えば、民法(709条)を根拠に発生することになります。なお、民法の中には多くの「任意規定」が含まれますが、「強行規定」も含まれております。例えば不法行為に関する民法709条は、不法行為を行った加害者に対しては、加害者本人の意思にかかわらず、被害者から加害者に対し同条を根拠に損害賠償請求を行うことができます。その意味で任意的な規定ではありませんので、この点もご確認いただけますと幸いです。以上、回答をまとめさせていただきました。どうぞよろしくお願い申し上げます。


Q2.テキスト14頁 「2どのような行為が「パワハラ」に該当するのか」の「⑥個の侵害」の取り扱い について

具体的には、労働者の性的志向の中には、『幼児性愛者』というものも含まれると考えておりますが、保育所、幼稚園、こども園、小学校、塾においては幼児~児童の生活を守るためにこのような性的志向者をここにいうLGBTQの概念に当てはめ、人権への配慮、情報の保護を検討することはふさわしくないことと考えますがいかがでしょうか。
内心の自由としてはありでしょうが、行動に結びつく可能性・危険性との比較衡量において、社会認識においてやはり否定せざるを得ないと考えた場合、こうした性愛者に関する取り扱いを就業規則、服務規律内での規定化(禁止事項、処罰)、採用時の提出書類(そうした志向を持つ者ではないという誓約書が考えられる。)の義務化は有効とされるでしょうか。関連する判例の積み重ねを待ってからの対応では遅きに失すると思いますので。

【回答】
ご質問ありがとうございます。とても重要な問題であると存じます。ですが、誠に申し訳ありません、本課目(ハラスメントに関する労働法)の範囲を超えるご質問であると思われますので、事務局とも相談の上、本養成講座としては回答を控えさせていただくことになりました。ぜひ、早期に労働局等へのご相談・ご照会をご検討いただけますと幸いです。 どうぞよろしくお願い申し上げます。


「裁判例解説とハラスメント事案解決法」の講義の内容について


Q1.3点質問させてください。

①裁判結果として慰謝料等で「連帯して」と記載されていますが、これはどのような意味合いでしょうか

②講義でもおっしゃっていらっしゃったように、日本の慰謝料はとても低いと感じますが、なぜでしょうか。米国ではかなり高額になっていると思います

③原告が判決自体は受け入れても慰謝料等の損害賠償額が低くて納得できないということもありうると思いますが、その場合に控訴や上告する例は多いでしょうか

【回答】
①「連帯して」とは、被告が複数の場合に、被告ら全員が支払い義務を負うものの、その債務が連帯債務であることを示しています。例えば、「被告会社と被告行為者は、連帯して慰謝料100万円を支払う」という判決の場合、会社と行為者の両被告が賠償義務を負うが、両者合わせて原告に対して100万円払えばよいことになります。
②米国の賠償額が高いのは、懲罰的損害賠償が認められているからです。日本の法律では、損害賠償は、あくまで発生した損害を填補する範囲に限られるとされており、判例で懲罰的損害賠償は否定されています。その違いが大きいと思います。ただし、私見では、精神的損害の填補と考えたとしても、日本の慰謝料水準は低すぎるのではないかと感じています。
③例えば休業損害も求めていたのに低額の慰謝料しか認められなかった場合など、賠償額があまりに低くて納得できず、控訴や上告をする例はあります。一方で、ハラスメントの事実が認定されたことを重視して控訴や上告をしないこともありますので、ケースバイケースです。原告自身は控訴しないが、被告が控訴した場合には附帯控訴(第一審判決に対して控訴しなかった当事者が、相手方の控訴による控訴審において、第一審判決を自己に有利になるように取消し、変更を求める不服申立てのこと)をすることも多いです。


Q2.テキスト内の資料の判例の解釈について

①資料6記載の判旨2(テキストP60の下から9行目、「しかしながら」以下について)

「懲戒を行う場合は、事前に本人の釈明、又は弁明の機会を与えるものとする」との規定の運用に対する解釈として、「中立的な立場にある弁護士Bが、Yから依頼をけて行ったものであるから云々」として必要とされる手続きが履践されたと結論付けられていますが、評価に至る経過が不詳のためこの場合は、

・B弁護士が実態として釈明、又は弁明の機会を設けていたとの事実確認ができたから
・B弁護士の調査経過等の事実確認はせずともB弁護士の介入により釈明等の機会はあったものと強く推定できるから
と想像しますが、実際のところについて、ご存じであればお教えください。(または裁判として実務的な理解・評価できるものがあればお教えください。)

②資料9記載の判例のポイント4(テキストP66の下から11行目以下について)
「契約社員は、本人が希望する場合は正社員への契約再変更が前提です」の裁判所の理解・評価についてですが、「~本人からの申し出のみで正社員としての労働契約の効力が生じるというものではない」については企業側の運用に関する裁量権を大幅に認めているようですが、「~前提です」との表現は本人の希望があったことが(停止条件付というのでしょうか)発生要件と読めるのですが、このあたりの評価は裁判官によって変更する可能性があると見てよいのでしょうか。(判例のポイント5にあるように原告の印象が悪いことも多少は影響しているのでしょうか)

【回答】
①釈明、弁明の機会として適切であったかどうかについての判旨は、テキスト60頁に記載したとおりで、判決文にもそれ以上に詳細な理由は書かれていません。
判決は、B弁護士の調査について、Yから意見を聞くことなく調査を開始し、XとA部長から言い分を記載した書面の提出を受け、XとA部長が所属する人事部の従業員のみならず他の部署の従業員からも事情聴取を行ったと認定しています。そして、この調査が、中立性・公平性を欠くものとはいえず、人間関係にとらわれない調査方法が用いられており、記載内容も具体的、不自然・不合理な点はないとして信用性を肯定しています(テキスト59~60頁)。このようにB弁護士の調査に問題がなかったことを前提として、B弁護士のヒアリングを受けたことで、Xは自分の言い分を釈明する機会があったと認定したものと思われます。また、B弁護士=Yの依頼を受けている=Yに対する釈明であるといえる、と考えたのだろうと思います。
仮にヒアリングが行われていたとしても、その内容において、前提となる懲戒対象事実が示されていないなど、実質的に釈明の機会がなければ、適切な機会の保障といいうるかどうか問題になり得ると思いますが、本件では、原告もそのような主張をしていなかったので、ヒアリング内容などの詳細な事実認定はせずに、上記の結論になったのだろうと思います。

②ご指摘のように「前提です」との表現のみですと、本人の希望さえあれば正社員に戻れるようにも読めますね。本判決は、Xが本件合意の際に、社労士から「正社員に契約変更するためには、改めてYと合意を要する」との説明があったこと、Xも社長面談で「同意が多分比較的容易に取れる」と思ってサインしたと述べていたことを認定し、それらの事実からXも正社員に戻るには合意が必要であることを認識していたと指摘しています。そういった事実認定が解釈に影響していると思います。また、本判決では、1審では無効とされた雇止めも有効とされ、資料には記載していませんがYからXへの損害賠償請求(マスコミ報道による名誉毀損)も認められていますので、裁判官がXに悪い心証を抱いていたこともご指摘の通りだと思います。それらの周辺事実や心証によって、文言解釈は変わり得ると思われます。


Q3.裁判の賠償額について

①賠償を法人と行為者が連帯して負うとされた場合、当事者間の負担割合は示されていないことから当事者間での話し合いということが建前となっていると思われますが、実務上の扱いとして、

・賠償義務を連帯して負う者の担当弁護士間の調整具合(支払いに応じられる期待可能性に応じてなど)
・負担割合が2:8とか7:3とか5:5とか負担割合に関して、所謂相場的なものが存在し、それを基本に当事者間で調整する。

というようなことがあるのかと想像していますが実際の状況を教えてください。

②原告(被害者)の裁判に関する諸費用について
実際の費用は、弁護士費用と裁判所に支払う印紙切手代だけと考えてよろしいか。
また、勝訴した場合であっても認められる弁護士費用はおおむね1割であることから、弁護士によっては、相当額を持ち出しすることになっていると理解してよろしいか。

【回答】
①私は原告側で裁判を担当することが多いので、連帯債務を負った被告間の調整の実務については、あまり詳しくありません。ただ、負担割合の相場はなく、双方の資力や事案の内容に応じて個別に話し合われているようです。会社のほうが資力があるため、会社がまず一括して原告に支払い、その後、行為者に対して求償して、負担割合について話し合いが行われているケースが多いです。

②実際の費用は、弁護士費用と裁判所の手数料(印紙、郵券)だけと考えてよいです。細かい話をすれば、カルテ開示手数料や録音反訳手数料などの実費がそれなりにかかることもあります。
交渉で和解した場合はもちろん、勝訴して1割の弁護士費用を認める判決が出されたとしても、上訴審で和解をする際には、弁護士費用は除外して和解することが多く、弁護士費用を取れることはほとんどないのが実態です。そのため、弁護士費用は、どうしても持ち出しになります。1割取れたとしても、持ち出しになるかもしれません。


Q4.日本土建事件について

・判例集の中では安全配慮義務違反による債務不履行”及び”不法行為が認められたと書いてありますが、債務不履行と不法行為は並列?的な個別の取り扱いなのでしょうか。
債務不履行が認められたから不法行為も認められるのでしょうか。

・安全配慮義務という会社側の債務について責任を果たしていないから債務不履行が認められと理解できましたが、不法行為とのつながり?不法行為が何を指すのかご教示ください。

・先生は講義の中で日本土建事件と日能研関西ほか事件について「この事件は不法行為を使っているんですが」と説明されておりました。債務不履行も認められたと裁判例集に記載があり、先生のご説明の意図がよく理解できませんでした。

【回答】
会社のパワハラ防止義務違反については、契約違反であるとして債務不履行と法律構成することもできますし、それ自体が不法行為だと法律構成することもできます。二つの請求権は相互に独立して複数発生し、相互に影響しないと考えられています(法律用語で「請求権競合説」といいます)。もっとも、二重に給付が認められるわけではありませんので、実務上は、原告が、「不法行為責任もしくは債務不履行責任として」というように併記して訴状に記載し、どちらかの請求権を認めるよう求めることが多いです(法律用語で「選択的併合」といいます)。

多くの判決は、どちらかのみを認めることが多いのですが(それが理論的には正しいはずですが)、日本土建事件判決は、「安全配慮義務に違反している。同時に、不法行為を構成する」としていますね。これは、相互に影響してイコールの関係にあることを述べているのではなく、それぞれの要件に該当し、個別に成立するということを述べています。

同判決は、会社の責任を使用者責任の法理ではなく「パワハラ防止義務違反」という会社独自の義務違反として認めたことに意義があります。その義務違反について、債務不履行とする場合と不法行為とする場合がある、ということを説明するために、日本土建事件については、不法行為構成が取られたことを強調してお話しました。わかりにくくて申し訳ありませんでした。