【随想】

データと現実


 講演や執筆をお引き受けする機会は、仕事柄少なくありません。その際、私の認識や課題感をお伝えするために、統計調査のデータをお示ししたり、グラフをお見せすることがよくあります。そして、エビデンスとして示すデータが古びたものにならないよう、引用する統計調査が最新のものであるかには注意を払うようにしています。

 このように日頃からデータの最新性をそれなりに意識しているつもりでしたが、本年9月に国立社会保障・人口問題研究所から発表された第16回出生動向基本調査の概要を見たときは、ちょっとした衝撃を受けました。今回の調査では、第一子の妊娠がわかったときに就業していた妻が第一子が1歳のときも就業していた割合(就業継続率)が、前回の第15回調査から大きく増加し、出生年2015~19年のケースで69.5%、育児休業制度を利用して就業継続をしたケースでは55.1%となっていました。

 ちなみに第15回調査では、就業継続率が出生年2010~14年のケースで53.1%、育児休業を利用した継続率39.2%と私の肌感覚よりはかなり低い水準でしたが、最近までこれが入手しうる最新の調査データでした。現実には、出生年2015~19年の子がすべて1歳に到達した2020年の時点で、すでに第一子出生前後の就業継続率が7割近くまで上昇し、育児休業を利用した就業継続率も5割を超えていたことになります。私は最近まで第15回調査のデータを引用して講演や執筆をしていたため、使っているデータと現実にずれが生じていたのです。

 もちろん、出生動向調査のデータの大幅な変化には理由があります。同調査は、5年ごとに行われるシステムになっており、その関係もあって調査対象となる夫婦間での子の出生年も1年刻みではなく5年刻みになっています。また、調査対象者の選定は国勢調査での調査地区を基礎として調査区域の抽出を行って地域の偏りがないよう行われ、調査票の配布や収集は調査員によって行われます。このような丁寧な方法のため、調査時点から発表までに時間もかかります。さらに今回は、コロナの影響で調査実施時期が予定より1年延期されたという事情もあるようです。

 しかし、考えてみれば、すべての調査は、この出生動向基本調査ほどではなくても、調査時点と発表時期には物理的なタイムラグがつきものです。言い換えれば、調査結果のデータを用いて物事を判断したり、人々に認識を 伝えようとしている時点では、すでにそのデータは過去のものであり、現実がその先を走っているわけです。データは目の前の現実を表しているのではなく、常に現実を追いかけるものだということを意識しておく必要があると感じました。

 11月末に21世紀職業財団はダイバーシティ&インクルージョン推進状況調査を発表しました。調査時点は本年6~7月、ウェブを活用してスピーディな調査を心掛けましたが、あらわされる状況は半年ほど前の現実です。現在のD&Iの状況が調査時点よりさらに進んでいることを願います。

(21世紀職業財団会長 伊岐典子、機関誌「ダイバーシティ21」2022年冬号より)

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