【随想】
ゴールディン教授と男女賃金格差
今年のノーベル経済学賞に米ハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授が選ばれたことは、ダイバーシティを推進する方々にはうれしいニュースだったと思います。私もその一人で、早速、著書『なぜ男女の賃金に格差があるのか』(慶應義塾大学出版会、2023年)を読んでみました。
著書は、米国の大卒女性を生年によって5グループに分け、それぞれのグループの女性のキャリアと家庭の状況の進歩をデータとともにたどっています。最新の第5グループは1958年から1978年生まれで、先輩グループの経験から学び、キャリアも家庭も同時に実現させようとしています。ただ、それでも格差はなくなっていません。今日の格差の要因は、「職業的分離」(男女の職種や会社の違い)によるところも一部ありますが、最も大きい要因は、子どもを持つ女性の時間的制約があることによることを明らかにしています。法律、会計、コンサルティングなどにおいてオンコールや不規則で予測不可能な仕事は高給がもらえ時給プレミアムがつくことから、子どものいるカップルでも夫がその高給の職に就き、妻は時間的拘束の少ない職に就くことにより、カップル内の不公平が生まれ男女格差につながっています。「チャイルド・ペナルティ」とも呼ばれる問題です。
著書では、解決の糸口も示しています。米国の薬剤師は、仕事の構造や働き方が変化し、労働者間の代替が可能となったため、長時間、オンコール勤務の必要がなくなりました。医師や獣医師にも同様の変化が生まれてきています。鍵は、代替可能性などにより時間コントロールができるようになることなのです。
日本の状況はどうでしょうか。ジェンダーギャップ指数(世界経済フォーラム、2023年)は米国43位、日本125位。米国でキャリアも家庭も同時に目指す第5グループは1958年生まれ以降とされていますが、日本では約20年遅れているのではないかと感じています。男女間賃金格差は、日本では男性を100とした場合に女性78.7(フルタイム雇用者、2022年)、OECD平均は88.1(2021年)、米国は83.0(2022年)です。
日本の男女賃金格差については、女性活躍推進法の改正により301人以上の事業主に公表が義務化、有価証券報告書においても開示が義務化され、各企業の開示が進んでいます。この賃金格差は結果指標であり、その要因が何かをよく見ることが大切です。
賃金格差の要因は、日米の雇用形態の違いなどから異なる面もあります。日本の賃金格差の要因で最大は役職の違い(管理職比率)、次いで勤続年数、労働時間の違いです(厚生労働省「働く女性の実情」)。賃金格差を小さくしていくためには、管理職比率を上げ、勤続年数を伸ばす必要があります。しかし、女性の採用者を増やしただけでは何年たっても管理職比率は男性並みには上がりません。マミーズトラックに入る女性は増えてしまいます。これが、ゴールディン教授の著書で述べられている「カップル不公平」「チャイルド・ペナルティ」の問題なのです。
男女間賃金格差をなくす(≒女性管理職比率を上げる)ために重要なことは、アンコンシャスバイアスをなくすとともに、「チャイルド・ペナルティ」の状況を改善することです。そのためには、著書で述べられているように、仕事が代替可能であるなど時間コントロールができることが解決の鍵となるのでしょう。管理職も非管理職も、突然の残業やオンコールが少なく、自分の時間をコントロールできる職場が増えれば、男女賃金格差の縮小にもつながるのだろうと思います。
(21世紀職業財団会長 定塚由美子、情報誌「ダイバーシティ21」2023年冬号より)